学会抄録
    国立岡山病院皮膚科医長/益田 俊樹

自然科学の発展はとどまるところを知らず、火星での日の出が見え、クローン人間さえという時代となりました。皮膚科においても免疫学、分子生物学的研究の進歩には目を見張ります。
一方、人文科学、社会科学はそれほど急速には進歩しないようで、そのひとつの学会報告や論文での伝達手段である言葉は後退しているのではと思うことさえあります。もっとも言葉は発展でなく変遷するもので、学問の発展を論ずる対象にはならないのかもしれませんが、日頃気になっていることを少し述べさせていただきます。
早速ですが、次の文章におかしいところはありませんでしょうか。ただし、文章を並べただけですので内容のつじつまは合いません。
5才、男。1才のとき右足に火傷と白癬症の既往あり。生下時より右頚部に陥凹した褐色局面あり。10日前、左耳介部の腫脹、躯幹と両膝膕の紅斑、鼠径部のリンパ腺腫脹が出現し、近医にて抗生剤内服。皮疹軽快するも関節痛出現し当科紹介された。口腔粘膜の生検にて表皮から真皮にかけて形質細胞の浸潤あり。蛍光抗体直接法:すべて陰性。ステロイド内服にて2週間後にほぼ略治。
意味は通じます。まちがいというほどでもないことも含めて直してみました(赤字部)。
5歳、男。1のとき右足に傷と白癬(をトル)の既往あり。出生時から右側頚部に褐色陥凹部あり。10日前、左耳介(をトル)の腫脹、幹と両膝の紅斑、鼠径部のリンパ腫脹が出現し、近医抗生剤内服。皮疹軽快したが関節痛出現し当科紹介された。口腔粘膜の生検で粘膜上皮から固有層にかけて形質細胞の浸潤あり。蛍光抗体直接法:免疫グロブリンおよびC3の沈着なし。プレドニン5mg/日の内服により2週間後に略治。(ほぼをトル)。
抄録では字数の制限があるために名詞止めの文がよく用いられます。抗生剤を内服したは抗生剤を内服、さらに抗生剤内服とすることもできます。しかし名詞止めでない文で助詞を省略して、関節痛出現し、当科紹介されたと書くとちぐはぐです。
にて、するもも気になります。小学校からずっと親しんできた口語が医師になって突然文語調になる(看護記録もです)のはなぜでしょうか。とは言うものの、あり、なしは気にならないので直しませんでした。我ながらええかげんなものです。
リンパ腺、躯幹、膝膕は昔の用語です。先輩のすることすべてが正しいとは限りません。解剖学の授業で習った新しい用語を使いましょう。
局面はわかりにくい言葉です。plaque の語源は平たい板だそうです。plaque は医学辞典では、斑、局面と書いてあります。広義では斑を含めるのかも知れませんがやはり区別して板をのせたような病変—貨幣状湿疹、尋常性乾癬、局面型サルコイドーシスなどの皮疹と考えればよいようです。少なくとも例文のように陥凹はしていないはずです。
一対あるものには右の、左のという言葉できますが、ひとつしかない頚や頭に右や左をつけて右頚部、左頭部というのは不適切です。右胸骨、左陰茎などと言わないのと同じです。側頚部、側頭部を使えばすっきりします。
あまりくどくど述べるのはよくないのでそろそろ止めますがその前にひとつ。口頭や論文で、〜と思われる、〜と考えられた、〜が示唆されるなどの受身形の表現が多用されていますが、〜と思う、〜と考えた、〜を示唆するという方がよいと思います。
他にも誤読など言及したいことがありますが長くなりますのでこの辺で。
益田 俊樹 (ますだ・としき)
1970年 岡山大学医学部卒業
1971年   岡山大学医学部付属病院文部教官助手 皮膚科
1976年   岐阜薬科大学薬理学教授
1981年   高知医科大学助教授 皮膚科
1989年   国立岡山病院皮膚科医長 現在に至る
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