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| ヒトパルボウイルスB19(B19)による感染症は、伝染性紅斑、通称リンゴ病と呼ばれ、小児に多く発症し、両頬の平手打ち様紅斑と四肢の網状紅斑を主症状とする。一方、成人では顔面の紅斑はむしろ少なく、風疹様紅斑、紫斑、手足の腫脹が出現し、発熱、関節痛、全身倦怠感などの全身症状を伴う点で小児とは異なる。さらに急性期の症状消失後も症状が遷延する例がある。しかし、成人では見過ごされやすい疾患であることから、本稿ではわれわれが最近8年間に経験した154例を中心に本症成人例について述べたい。 |
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| B19 は最近の分類ではエリスロウイルス B19 が正式名称であるが、現在もパルボウイルス B19 の呼称が用いられる。B19 の受容体は赤血球膜表面、P 式血液型を構成する P 抗原で、赤芽球系前駆細胞、巨核球、血管内皮細胞、胎盤、胎児肝、胎児心筋に発現しており、これらの細胞は感染の標的となる。B19 の細胞接着には P 抗原が必要であるが、細胞内への侵入にはα5β1インテグリンが必要であり、両者を発現する赤芽球系細胞には感染がおこり、α5β1インテグリンが発現していない成熟赤血球には感染しない。 |
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| B19 を経鼻的に接種すると、7〜11日後にウイルス血症に伴って、発熱、頭痛などの感冒様症状がおこる(第1相)。その後特異抗体の産生が始まり、やがてウイルス血症は消退し、感染第17〜18日に皮膚症状が出現する(第2相)。実際に医療機関を訪れるのは、第2相に相当する。B19 感染患者からのウイルス排泄はウイルス血症の時期におこる。 |
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| 成人では風疹様紅斑、網状紅斑、紫斑などの多彩な皮膚症状が出現する。われわれの例では紫斑、点状出血は皮膚症状の15-20%を占める。紫斑の症例には血小板減少性と非減少性があるが、後者が多い。前者では B19 感染による巨核球の一過性減少が、後者では血管内皮細胞の直接障害が考えられる。 |
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| 成人では全身症状が強く、154例中85%に発熱、62%に関節痛、60%に手足の腫脹を生じた。しかし皮膚症状が軽微で、発熱と手足の疼痛を伴う腫脹のみの症例もある。他に口腔内潰瘍、結節性動脈周囲炎、壊死性血管炎、脳炎、髄膜炎、横断性脊椎炎、視神経炎、心筋炎、結膜炎、劇症肝炎も知られている。 |
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| 臨床上最も注意を要する点は、溶血性貧血患者における aplastic crisis と妊婦感染時の胎児水腫である。溶血性貧血患者では B19 感染により赤血球産生が一時的に停止しただけで急激に貧血が進行し aplastic crisis となる。重症例では血球貪食症候群の報告もある。臓器移植後、抗がん剤の長期投与中、後天性免疫不全症候群などの免疫抑制状態の患者では中和抗体が産生できず、B19 持続感染のために慢性骨髄不全となる。 |
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| また、妊婦の B19 初感染により胎児死亡に至ることがある。われわれも2例経験している。胎児水腫は aplastic crisis による重篤な貧血により心不全に陥ると考えられるが、胎児心筋細胞の直接障害による心不全も起こり得る。感染妊婦における胎児感染率は33%、胎児死亡率は約10%と報告される。胎児水腫は胎内造血の急激な増加にともない妊娠13〜16週に多い。妊婦の B19 感染時の催奇形性は低いことから人工妊娠中絶の適応にはならない。 |
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| 検査所見では、急性期に31%に白血球減少、12%にAST、ALT高値を示した。血清補体価の低下は67%におこり、症状の消退とともに正常化することから病勢のマーカーと考えている。 |
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| 急性期症状は約2週間で消失するが、中には関節痛などの症状が持続する症例がある。関節リウマチや全身性エリテマトーデスの病因である可能性を示唆する考えもあるが、私自身は B19 をこれらの疾患の trigger となるウイルスの一つとして捉えている。B19 感染後に全身倦怠感、微熱、筋肉痛などが持続(反復)、慢性疲労症候群 (CFS)の診断基準を満たす症例をわれわれは2例経験し、ウイルス感染後 CFS と診断した。 |
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| 成人 B19 感染症は症状が多彩で、しかも遷延例もある点から、診療の際に念頭に置くべき疾患の一つと考えられる。 |
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| 清島 真理子 |
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(せいしま・まりこ) |
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| 1956年 |
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鳥取県生まれ |
| 1980年 |
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岐阜大学医学部卒業 |
| 1980年 |
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同・皮膚科医員 |
| 1985年 |
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県立岐阜病院皮膚科 |
| 1986年 |
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岐阜大学皮膚科助手 |
| 1988~90年 |
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米国ニューヨーク大学皮膚科留学 |
| 1990年 |
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岐阜大学皮膚科助手 |
| 1992年 |
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同・皮膚科講師 |
| 1998年 |
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大垣市民病院皮膚科医長 |
| 2005年 |
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同・皮膚科部長 |
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