DIHSとの出会い
    愛媛大学医学部皮膚科/藤山 幹子

一生皮膚科の臨床医ですごす、と決意したころ、薬剤性過敏症症候群(DIHS)と出会いました。年末に入院された患者さんで、主治医が帰省したあとの代医をたまたま引き受けたのがきっかけです。大学病院といえども、年末年始は検査もろくにできず、ハラハラしました。休みが終わるのを待って内科外来に紹介したところ、診察してくださったのがHHV-6も研究されていた当院第一内科の安川教授でした。HHV-6の初感染による伝染性単核球症様症候群も考え、ウイルス分離を試みようということになり、結果、本当にHHV-6が検出されました。あとになってわかるのですが、HHV-6のウイルス血症が検出されるのは、DIHSの発症後10日目以降です。この日しかありえない、というタイミングでウイルス分離を行えたのは、本当に不思議な偶然でした。
これをきっかけに、思いもよらず、PCRやreal-time PCRなどの、全く関係ないと思っていた世界に踏み込むこととなりました。さらには、ウイルスに対する免疫反応ということで自然免疫に、皮膚におこる炎症ということで炎症細胞を呼び寄せるケモカインに興味をもち、培養ケラチノサイトを用いる実験をしている当科の研究室にも出入りするようになりました。今では、自分で考えて、確認していくことのできる研究の楽しさに、すっかり嵌っています。まさか自分が研究するようになるとは、想像もしていませんでした。
ところで、DIHSの一つ目の症例報告がArch Dermatolに掲載されたのは、第3子の誕生と同じ年です。昨年になり、DIHSのまとめの論文を、今度はBr J Dermatolに出すことができましたが、この末っ子も9才になっており、感慨深いものがありました。この論文には、乳児の突発性発疹の血清中における HHV-6 DNA量を記載してありますが、そのうちの一人は、この子です。いつの間にこんなに時間がすぎてしまったのか、ただただ唖然とします。DIHSとの出会いを大事にし、これから10年、さらにDIHSを(我が子もですが)育てることができれば良いなと思っています。
藤山 幹子 (とうやま・みきこ)
1989年 愛媛大学医学部医学科卒
    愛媛大学医学部皮膚科入局
1990年   愛媛大学医学部皮膚科助手
1991年   松山市民病院皮膚科副医長
1994年   愛媛大学医学部皮膚科助手 現在に至る
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