先人たちの凄味
    慶應義塾大学/大山 学

父の趣味は骨董集めで、私は古いモノに囲まれて育った。環境というのは恐ろしいもので、すっかり感化されて一時は真剣に考古学をやろうと思っていたくらいである。だから、という訳でもないが、医史学が好きだ。分子生物学や細胞生物学など最先端の研究もいい。しかし、複雑なデータを解釈しようと脳みそに負荷をかけすぎると、時にオーバーヒートを起こすことがある。そんな時は、あえて昔の皮膚科の教科書や古い文献を手に取ると妙に落ち着く自分に気づく。記載されている内容は、サイエンスのレベルだけで考えれば「遅れた」ものかも知れない。しかし、古ぼけたページからは、よく見えない顕微鏡や、限られた実験器具、試薬で奮闘した先人たちの息づかいが聞こえてくるような気がしてならない。解剖学教室で免疫組織化学をかじっていたころ、ずっと、本当にずーっと顕微鏡を覗いていると気分が悪くなることがあった。先輩達はきっとその何倍、何十倍もスライドとにらめっこをして所見を絞り出していたに違いない。
今はある意味良い時代だと思うことが最近あった。毛嚢に関する総説を書こうとしているときの事である。どうしても引用したい古書があった。図書館もすぐには手配できないという。そうなるとどうしても欲しくなる。ダメもとで例の図書販売のwebサイトを開き、図書名をタイプしてみた。1958年の本で、近代研究皮膚科学の祖といわれるMontagna先生が書かれた「The Biology of Hair Growth」という本だ。すると驚くべきことにカリフォルニアの古本屋から1冊出物があるという。早速オーダーして待つこと2週間。今、幻の本が手元にある。すごい時代になったものだと感心した。
中を開くと強烈である。よく調べたと思うような形態学のデータが所狭しとならべてある。発生過程における毛嚢周囲の血管網の変化のスケッチ!!などその精密さは目を見張るばかりだ。今、我々が既知としていることも新鮮さをもって書かれてある。ページを開くたびに先人達の凄味を体感できる。その話を周囲にすると、「昔はいいよなあ。形態だけやっていれば良かったから」とつれないコメント。あたかも今の方が上級なサイエンスをやっていると言いたげだ。いや、そうだろうか。先人達のストイックさの中には今の我々が失ってしまったものが多くあるのではないだろうか。Montagna先生がいま生きておられれば、きっとNature、Cell、Scienceを総なめにしてWilliam Mongtana賞をすぐ受賞してしまうに違いない。魅力を感じる理由はまだある。ページからはゆっくりした時の流れが感じられる。全てがスピード重視のインターネットの時代では便利さが逆に首を絞めることもある。この時代だからこそ、そのゆとりが嬉しいのだ。
その後、古書漁り見事にはまった私がReferenceに出てくる数冊を追加オーダーしたのは言うまでもない。
大山 学 (おおやま・まなぶ)
1993年 慶應義塾大学医学部卒業
    慶應義塾大学助手(医学部解剖学)
1994年   慶應義塾大学医学部研修医(皮膚科)
1996年   国立霞ヶ浦病院皮膚科レジデント
1998年   慶應義塾大学助手(医学部皮膚科学)
2000年   東京電力病院皮膚科副科長
2002年   米国NIH、National Cancer Institute皮膚科訪問研究員
2005年   慶應義塾大学助手(医学部皮膚科学)
2006年   慶應義塾大学専任講師(医学部皮膚科学)現在に至る
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