医療関係者のみなさまindexへ
日本の名前をつける
    慶應義塾大学 医学部皮膚科 総合医科学研究センター/久保 亮治

学生時代に聞いた講義にて、“hensin”という蛋白について、その発見者の方がお話されたことがあった。細胞にトランスフェクトすると、細胞の形態が大きく変化することから、ウルトラマンの「変身」にちなんで“hensin”と命名したこと、海外の学会ではウルトラマンのスライドを見せて名前の由来を説明していることなどをお話されていたと記憶している。その講義がとても印象に残り、いつか自分で何か新しいものを見つけて、それに日本語の名前を付けてやろう、と決心したものであった。
日本語・日本人の名前の付いた皮膚疾患や皮膚科関連用語と言われて、何が思い浮かぶだろうか。皮膚病理の世界で日本人の名前がついたものというと、Spitz nevusのKamino bodyはどうだろうか。しかしKamino Hideko先生は、ご両親は日本人だが、メキシコ生まれで大学もメキシコ、その後の御活躍の場はアメリカである。日本生まれの仕事とは言えなそうだ。診断学の分野では、結核菌培養のOgawa’s medium(小川培地)がある。病名だと、Nevus of Ota(太田母斑)は間違いなく国際的に通用する。太田正雄先生が1939年に最初に記述されたことから、この名前がついた。ちなみに太田正雄先生は、木下杢太郎の筆名で詩人・作家としても活躍された方である。その他、Nevus of Ito(伊藤母斑)、Kanzaki disease(神崎病)、Ofuji’s disease (太藤病:eosinophilic pustular folliculitis)、Kimura’s disease(木村病)、Takayasu's arteritis(高安病、高安先生は眼科医)、Kawasaki disease(川崎病、川崎先生は小児科医)などなど。日本人の名前が病名となった疾患がこんなにたくさんあるというのは、なんだか嬉しいものである。
一方、基礎の世界には、前述の“hensin”を含め、印象的な日本語の名前が色々とある。例えば、減数分裂時に姉妹染色分体同士の結合が解離しないように守る蛋白“shugoshin”(守護神)、精子と卵子の細胞膜が融合する時に必要な蛋白“Izumo”(出雲。縁結びの出雲大社から。精子と卵子ですから)、過剰発現するとプラナリアの体中に神経が発達してしまう“nou-darake”(脳だらけ)、アポトーシス関連蛋白“harakiri”(腹切り)、光刺激で緑から赤に色が変わる蛍光蛋白質“Kaede”(楓。おしゃれである)、FGFにより誘導されてニワトリの腹から生えてしまう余分な肢“dasoku”(蛇足)などなど。またショウジョウバエの世界では新規変異体に名前が付け放題という伝統があり、体節が少なくなる変異から名付けられた体節数決定遺伝子“fushitarazu”(節足らず)、オスがメスに興味を示さなくなる“satori”(悟り)、普通は一本の剛毛が二本に増えてしまう変異“musashi”(武蔵。二刀流だから)といったものがある。意外と知られていないが、有名な癌遺伝子“jun”はAvian sarcoma virus 17から発見されたので、“ju-nana”(17)から“jun”と名付けられた。他に、これは日本語ではないが、Sonic Hedgehogは日本生まれのゲームに由来している(ただし命名したのは日本人ではない)。ピカチュウにちなんでピカチュリン(Pikachurin)という、動体視力に関わるとされる細胞外マトリックス蛋白も報告された。Pokemonという名前のついた遺伝子もあったが、これは発癌に関わることからPokemon USAよりクレームが付き、名称変更の憂き目に遭っている。
さて、“hensin”に憧れた私は、何とかして新しいものを見つけて日本語の名前をつけてやろうと、いつも考えていた。サイエンスをやるのに不純な動機ではあるが・・・。大学院時代は微小管と中心体に関する研究を行っていたので、中心体に局在する新規蛋白を見つけて“chusin”(中心)と名前を付けてやろうとずっと狙っていたのであるが、そのような新規蛋白はなかなか見つからなかった。代わりに微小管に沿って運動する新しいオルガネラを見つけたのであるが、それには“centriolar satellites”という名前が、形態学的な研究から既に付けられていた。その後、中心体に局在する蛋白が次々と報告され、ついには中心体そのものを単離してプロテオーム解析まで行われてしまい、いまさら中心体に局在する新しい蛋白を見つけても、特別目新しい機能でもない限り、新しい名前を付けられるような雰囲気ではなくなってきてしまった。目新しさが伴っていないと、なかなか日本語の名前など付け難いものである。その後、私の研究対象は徐々に中心体そのものから、中心体から生える繊毛へと移って行った。
繊毛について調べるうちに、繊毛の先端の部分に非常に特殊な構造物があること、その構造物を造っている蛋白は何一つ見つかっていないこと、を知った。例えば、我々の気管の上皮細胞には1細胞あたり200~300本の繊毛が生えていて、協調した波打ち運動を行うことで、気管内の異物を外へ排出している。この繊毛の先端部分には、まるで上等の歯ブラシの毛先のように先が細くなっている構造があり、おそらくは効率的な異物の排出に役立っている。ところがこの先端部分を形作っている蛋白は全く知られていなかった。よし、ここに局在する蛋白を見つけてやろう。でもどうやって?そこで目をつけたのが精子の鞭毛である。精子の鞭毛は渦巻き運動をするが、その基本的な構造は繊毛と同じである。ところが、精子の鞭毛の先端には、繊毛のような先細りの構造は存在していない。では、繊毛が作られる時に発現が上昇する蛋白で、気管では発現しているが精巣では発現していないものを探せば、この先端部分を作っている蛋白を見つけられるのではないか?こうやって、とうとう繊毛の先端部分にのみ局在する初めての蛋白を発見することができた(Mol Biol Cell. 2008, 19:5338-46, http://www.molbiolcell.org/content/vol19/issue12/cover.shtml)。そう、長年の夢を叶える時がやっと来たのだ。私は感慨に耽りつつ、その蛋白に“sentan”(先端)という名前を付けた。ベタな名前なのは、大阪出身なので許してほしい。
久保 亮治  
1994年 大阪大学医学部卒業
    大阪大学医学部皮膚科(吉川邦彦教授)研修医
1995年   大阪労災病院皮膚科
1996年   大阪大学大学院医学研究科入学
    京都大学大学院医学研究科分子細胞情報学講座(月田承一郎教授:国内留学)
2000年   科学技術振興事業団月田細胞軸プロジェクト研究員
2001年   京都大学大学院医学研究科分子細胞情報学講座(月田承一郎教授)助手
2006年   慶應義塾大学医学部皮膚科助手
2007年   慶應義塾大学医学部皮膚科助教
2008年   慶應義塾大学総合医科学研究センター特別研究講師
INDEX
TOPWhat's 帝國製薬製品情報会社情報採用情報医療関係者のみなさまニュースリリースサイトマップ
Copyright (C) 2008 Teikoku Seiyaku co.,ltd. All Rights Reserved.