心療内科における漢方
    九州大学医学部心療内科教授/久保 千春

1. はじめに
現代はストレス社会と呼ばれ、ストレス病が急増してきている。ストレスによって身体的、心理的反応が起こる。また、食事、睡眠、運動等の日常生活行動の乱れも生じる。ストレスに対する反応は、ストレスと受けとめる側の条件によっても異なるが、素因と関連して様々なストレス病、すなわち心身症が生じることになる。
ストレス疾患には、(1)身体に現われる心身症(2)心の不調として現われる神経症やうつ病(3)生活習慣の乱れによる生活習慣病等がある。ストレスに対する生体反応の中心であり、最近特に注目されている研究として神経・内分泌・免疫連関があげられる。
2. 漢方薬の適応
ところで漢方薬は、(1)機能性の疾患(2)現代医学的治療に反応の乏しいもの(3)現代医学的治療で副作用をあらわすもの(4)現代医学的治療を行い、検査所見で改善した後も愁訴が残るもの(5)検査上正常でも愁訴があるもの(6)虚弱体質者、高齢者の諸種の愁訴等に対して適応されている。このように漢方薬は、様々な生体調節作用があるので、心身症に応用されることが多い。
3. 補剤の免疫機能低下への効果
ストレスと体の反応という面から見ると、ストレスによって私たちの体の防御能、特に免疫機能が下がることがわかっている。そういう防御能を回復するものとして、漢方薬は効果があることが研究面からも明らかになっている。とくに私は、補剤といわれる補中益気湯や十全大補湯を使って、免疫機能が回復するかどうかということを検討した。
ネズミを用いた基礎的な動物実験で、正常なマウスに使った場合は、免疫能をあまり持ち上げない。しかし、ストレスを負荷したマウス、老齢マウス、担癌マウスといった免疫能が低下している状態のものに、補中益気湯や十全大補湯を与えると免疫能が上昇するということがわかった。これはヒトのリンパ球を使った実験でも明らかになっている。ストレスによって身体症状も出るが、そのひとつとして体の防御能が低下した状態でも、補剤といわれるものは効果があることがわかってきた。また、臨床的には高齢者の結核患者に免疫機能を高める目的として、補中益気湯を処方したところ、リンパ球の機能や数が上昇し、倦怠感や食欲不振などの身体症状の改善が見られた。
4. おわりに
ストレス・高齢化社会を迎えて、西洋医学だけでは対応しきれない様々な不定愁訴を訴える患者さんが増えてきている。このような患者さんには漢方薬は全身の調節作用を持っており、有効な治療手段ともなる。一方、漢方薬の効果や作用機序についてはEBMに耐えうるような基礎・臨床研究を押し進めることが期待される。
久保 千春 (くぼ・ちはる)
1973年 九州大学医学部卒業
1973~75年   九州大学医学部心療内科研修医
1975~78年   九州大学医学部細菌学研究生
1978~82年   九州大学医学部細菌学助手
1982~84年   米国オクラホマ医学研究所(Clinical Reserch Scientist)
1984~88年   国立療養所南福岡病院内科医長
1988年   九州大学医学部心療内科助手
1989年   九州大学医学部心療内科講師
1989年   九州大学医学部心療内科助手
1993年   九州大学医学部心療内科教授
2000年   九州大学大学院医学研究院心身医学教授
専門領域
心身医学、アレルギー学
研究内容
食事、睡眠、運動などの生活習慣やストレスが病気の発症・経過に及ぼす影響について神経・内分泌・免疫連関から基礎研究を行っている。臨床では、気管支喘息、アトピー性皮膚炎などのアレルギー系心身症を中心に研究を行っている。
所属学会
日本心身医学会(理事、指導医)、日本心療内科学会(理事)、日本アレルギー学会(評議員、指導医)、日本内科学会(評議員、指導医)、日本ストレス学会(理事)、日本自律訓練学会(理事)、日本交流分析学会(理事)、日本絶食療法学会(理事)、日本産業ストレス学会(理事)、日本肥満学会(評議員)、日本医工学治療学会(評議員)、日本音楽療法学会(評議員)、日本産業精神保健学会(評議員)、日本サイコオンコロジー学会(世話人)、日本統合医療学会(評議員)、日本神経科学会、日本慢性疼痛学会、日本東洋医学会、日本和漢薬学会
役職
1994年~ アジア心身医学会会長
2001年~ 厚生労働省 薬事・食品衛生審議会専門委員
著書(編/著)
「皮膚心療内科」(診断と治療社/2004年)
「現代心療内科学」(永井書店/2003年)
「心身医療実践マニュアル」(文光堂/2003年)
「心身医学標準テキスト第2版」(医学書院/2002年)
「生活習慣病の予防・治療に役立つ心身医学」(ライフ・サイエンス/2001年)
「漢方の考え方と使い方」(光原社/1997年)
「自律神経失調症」(保健同人社/1996年)
著書(分担執筆)
「新臨床内科学」(医学書院/2002年)
「身体表現性障害・心身症」(中山書店/1999年)
「栄養と運動と休養」(光生館/1999年)
「心身医学」(朝倉書店/1994年)
「アレルギー」(金芳堂/1993年)
「神経内分泌免疫学」(朝倉書店/1992年)
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