当薬
    新潟薬科大学学長/山崎 幹夫

「当薬」はリンドウ科のセンブリ Swertia japonica Makinoの根を含む全草を乾燥して調製した生薬である。一説では「当(まさ)に薬たるべし」というところからこの名が付いたという。ちなみに学(属)名の Swertia は17世紀オランダの植物学者 Emanuel Swert に由来するらしい。また和名のセンブリは千回振り出してもまだ苦いところから名付けられたという。
センブリは暗緑色をした草丈20cmほどの茎の先に、秋になると白色の小さな花を咲かせる。以前は東京都の八王子丘陵一帯に広がる雑木林にも密生しているのを見かけたものだが、いまは稀にしか見付からない。最近は、センブリは栽培によって大量の供給が可能になった。「当薬」は漢方処方には用いられないが、我が国では古くから苦味を利用して食欲不振などに健胃薬として利用されてきた歴史をもつ。
同じように強い苦味を持つ植物としては同じリンドウ科のリンドウ Gentiana scabra Bunge がある。こちらは「竜胆」として『神農本草経』にも記載されており、漢方薬として処方もされる。また西洋生薬にはゲンチアナがあり、苦味健胃薬として利用される。センブリは主成分として swertiamarin と、その構造からOH基を欠く sweroside を含有する。共に苦味の本体である。
リンドウ、ゲンチアナには swertiamarin と類似の構造(OH基を欠きその部分に二重結合を有する)をもつgentiopicrosideが含有されている。これらの苦味配糖体は、一般には苦味の刺激が胃酸の分泌を促進し、健胃の働きをもつとされてきたのだが、実は確証はない。
同様に苦味健胃薬として用いられてきた「苦参」(マメ科のクララ)の成分である matrineやoxymatrineについて、かつて我々の研究室(千葉大学)で行った研究の結果、これらの成分による胃液の分泌は認められず、むしろストレスによって通常は高められる胃液の分泌は強く抑制され、結果的にストレス潰瘍の生成が阻止されることが証明された。したがって一般にいわれてきた苦味による刺激が健胃につながるという考え方には、更に検討の余地があることが示唆されるに至った。
余談になるが、センブリやリンドウには中枢神経の興奮や大量によっては麻痺作用を示すアルカロイドとして gentianine の含有が知られている。が、私が大学院の学生であったある日、たまたま、この成分の研究をしていた野球好きの先輩がセンブリをアンモニアアルカリの液に浸したままグランドに出て長時間戻って来ず、夜遅くになって抽出作業を行ったところ、異常に高い gentianineの収率を得たことがあった。調べてみると、gentianine はアンモニアを作用させることによって swertiamarin から生じる人為的生産物であることがわかった。先輩の野球好きが良かったのか悪かったのかについては、私は関知していない。
山崎 幹夫 (やまざき・みきお)
新潟薬科大学学長、東京薬科大学客員教授、千葉大学名誉教授
1931年12月18日生まれ
[最終学歴]
1960年 東京大学大学院化学系研究科薬学博士課程修了 薬学博士
[職歴]
1960年 国立放射線医学総合研究所に勤務(総理府技官)
1965年   同 主任研究官
この間、62~64年 米合衆国ミネソタ大学化学部(フルブライト交換博士研究員)
1967年   千葉大学生物活性研究所に転任(助教授)
1975年   同 教授に昇任
1987年   千葉大学薬学部教授に配置換(医薬品素材学担当)
1993~5年   同 薬学部長、大学院薬学研究科長
1997年   同 定年退官、千葉大学名誉教授 新潟薬科大学客員教授
1999年   東京薬科大学客員教授(一般用医薬品学講座担当)
2004年   新潟薬科大学学長就任 現在に至る
[受賞]
1968年 日本薬学会奨励賞受賞
2000年   日本薬学会功労賞受賞
[役員等]
●日本薬学会 理事、評議員、関東支部長、薬学雑誌編集委員長、ファルマシア(日本薬学会会員誌)編集委員長、広報委員長、情報図書委員長、創薬セミナー委員長等
●厚生労働省   薬事・食品衛生審議会委員(中央薬事委員会、食品衛生調査会)、公衆衛生審議会専門委員、「21世紀の医薬品のあり方に関する懇談会」「医薬品適正使用推進検討委員会」「医療安全対策検討会議」「新指定医薬部外品検討会」「医薬品のうち安全上特に問題のないものの選定に関する検討会」等
●文部省   学術審議会専門委員 等を歴任
現在、日本医薬品情報学会会長、セルフメディケーション推進協議会会長、日本薬史学会評議員、薬学教育協議会常任委員
[著作]
著書として研究原著論文、総説、専門書のほかに一般向け著書として『毒の文化史』『毒の話』『薬の話』『くすりを探る』『毒薬の誕生』『歴史の中の化合物—くすりと医療の歩みをたどる』『薬と日本人』『歴史を変えた毒』『毒薬の誘惑』等の他、新聞、雑誌等に掲載された評論、エッセイがある。
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