漢方薬と在宅医療
    くにやクリニック/小泉 久仁弥

漢方診療と関わって約20年になろうとしている。5年前から東京都内に診療所を開業し、同時に在宅医療も開始した。開業前には、在宅医療は西洋医学治療を希望する患者さんのみであろうと予想していたが、漢方治療を希望する患者さんが意外に多いことには驚きを隠せなかった。東京都内という場所柄もあり、若い頃に故大塚敬節先生に診察を受けていたり、故矢数道明先生に診察を受けていたりなど往診のたびに恐れ多い話を聞かされることも一度や二度ではなかった。
ある一人の女性の患者さんは、約30年前に繰り返す尿路感染症に対して故大塚敬節先生に八味丸を処方され、漢方薬を服用している間は尿路感染が抑えられていたとのことであった。私が往診を開始したころは、80歳代で糖尿病、脳梗塞で寝たきりとなり、当初から発熱を繰り返していた。最初は前医の西洋薬の処方に抗菌剤を追加処方していたが、あまりに尿路感染を繰り返すため、八味丸料の処方を開始した。また、ほぼ同じ時期に残尿を減らすため、尿道カテーテルを挿入した。その後、残尿が減ったためか、八味丸が効いたのか、高熱を出すことはまれになった。
30年間にどのような証の変化があったかわからないが、私が診察した頃には、舌苔はなく、腹証では臍下硬満があり、「八味丸証」そのものであった。八味丸を80歳代で処方する可能性はかなり低いと思われるが、食欲低下などの副作用もなく発熱が減ったことから、有効であったと判断した。
繰り返す発熱以外にも、在宅医療では西洋医学的治療だけで困ることは多い。在宅酸素療法中の寝たきりの患者さんは、西洋薬で下痢が止まらず、香蘇散が奏功したこともあった。狭心症の患者さんの腹痛で抗コリン薬が使えなかったが、芍薬甘草湯エキス1包で止まったことも経験した。このように簡単に改善する場合には問題が少ないが、在宅医療で困ることは、血液検査や心電図検査以外の検査は簡単にできないものが多いことである。
日本大学医学部東洋医学科の木下優子医局長が日本東洋医学会の講演で「予想外に消失する症状から考えること、予想外に残る症状から考えること」と題して、「漢方治療を行っても予想外に残る症状には器質的な疾患が隠れていることがあるので精査する必要がある」と症例を挙げて解説していた。
在宅医療のように検査が簡単にできない場合には、先ず漢方薬を投与して治療し、症状が残った場合には器質的な疾患を疑い精査を考えればよいのではないか。
小泉 久仁弥 (こいずみ・くにや)
1960年 福島県生まれ
1985年3月   岩手医科大学医学部卒業
1985年5月   福島県立医科大学附属病院
1987年7月   北里研究所東洋医学総合研究所
1988年7月   福島県立医科大学附属病院
1992年4月   北里研究所東洋医学総合研究所
1996年4月   東京都立大塚病院
2000年8月   東京都豊島区にて くにやクリニック開院
専門領域
漢方治療
所属学会
日本東洋医学会、日本内科学会、日本結核病学会
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