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| 私は平成元年に富山医科薬科大学に入学した。今から20年近く前のことである。大学入学前から何となく漢方に興味があったのも富山医科薬科大学を受験したひとつの理由であり、入学後は漢方のサークルである赭鞭会(しゃべんかい)に入会した。赭鞭とは神農が薬草を調べるときに使用した赤いムチのことであり、顧問をされていた故難波恒雄教授がサークル名を命名されたそうである。 |
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| 私が入学した当時、富山医科薬科大学の入学生は医学部100人、薬学部100人であったが、医学部、薬学部あわせて80人くらい入会したような記憶がある。その年から『新入生のための漢方入門講座』が始まるとのことで、一気に人気に火がつき、大量入会となったわけである。この入門講座には先輩方が試行錯誤の末に完成させた『漢方入門テキスト』が使用されていたが、このテキストに沿って1回1時間程度の講義を計12回受講することで漢方の概略が理解できる仕組みになっていた。1年生の時には講義を聞く立場であったが、学年が上がるにつれて今度は自分が後輩に教える立場となり、それがまた勉強になるのである。 |
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| 今、改めてこのテキストを見直してみると、学生が作ったとは思えないくらい非常によくできており、漢方の基礎的理論、歴史、生薬、方剤、治療、鍼灸などのことが簡潔にまとまっている。実際、このテキストの内容を一通り勉強すると、何となく漢方のことがわかった気になってしまう。漢方入門講座の目的が「何も知らない学生をわかった気にさせる」ことだろうと思うので、わかった気になることは当たり前のことなのかもしれないが、ここに実は問題があるのではと常々思っている。私の学年では大量に新入生が入会したが、現時点で漢方に関わって仕事をしているのは、私を含めて3〜4人だと思う。大学入学時には漢方に対して興味をあれほどの人が持っていたのに、今実際に漢方に関わっている人は少ないという現実がある。 |
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| 先ほども述べたように、漢方入門講座を受けることで、何となくわかった気になってしまうのはよいことなのかもしれないが、「漢方ってこんな簡単なんだ」と軽く考えてしまうという人も意外と多いのではなかろうか? 我々が実際の臨床を行うとき、目の前の患者さんを陰陽虚実で分類するということは実は大変な作業である。陽証と思っていた人が実は陰証であったり、実証と思っていた人が虚証であったり、いつも外来の時には頭を悩まされるものである。このような漢方薬の証を決定する作業は一朝一夕ではできないものであるし、ましてや漢方入門講座を受けただけで漢方薬が使いこなせるということはまずあり得ないと思う。 |
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| 私は現在、大学で学生に接する機会が多い。学生時代の漢方の勉強は畳の上の水練だということを彼らに強調しておかないと、漢方を軽く考えられてこの世界から離れてしまう学生が増えてしまうのではと危惧している。臨床現場で漢方を使用すると学生時代に考えていた以上に素晴らしい経験をできるということを学生に伝えることが大切である。従って、学生時代には、漢方の理論や知識を詰め込んでわかった気にさせることも大事ではあろうが、西洋医学とは異なったパラダイムの医学がこの日本に存在すること、その医学は臨床で非常に有用であるということ、臨床医になってからも東洋医学を心の片隅においてほしいということを強調することの方がより大事なのではと考えている。 |
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