薬草観察会の勧め
    千葉大学大学院医学研究院 先端和漢診療学講座 助手/笠原 裕司

とある漢方の講演会場のロビーにて
医師A「カゼに19番は良く効きますね」
医師B「そうそう。でも葛根湯が良く効く症例もありますよ」
医師C「葛根湯の中にはショウガも入ってますよね。あれが体を温めて、カゼを早く治してくれそうな気がしますね」
みなさんはどの医師が、漢方処方に対する理解・愛情が一番深い、と感じるだろうか? 処方名でもコード番号でも示す薬剤は同一のものである。しかし、漢方エキス製剤は煎じ薬の漢方処方(薬方)をエキス化したものであり、薬方が薬剤の本質である。そして、各薬方は数種の生薬で構成されている。漢方処方を深く理解したいのであれば、当然構成生薬にまで気を配ってしかるべきであろう。
私は富山医科薬科大学在学中に漢方のサークルである赭鞭会(しゃべんかい)に所属していた。そのころの赭鞭会は、日本の本草学の第一人者であった故難波恒雄教授が指導をされており、その名の示す通り、薬草観察会が活動の中心であった。一方、大学の教養科目に難波教授の「薬用植物学」が開講されていた。この科目はテストの他に50枚の植物標本を提出しないと単位を認定してもらえないのである。仕方なく、1年生達はサークルの先輩方の後について薬草観察会に出かけるのであった。
1年目は訳も分からず、先輩の指示に従って薬草(らしき植物)を採集し、押し葉標本を作製した。最初は単位目的で始めたことであったが、半年ほど経つと、すっかり薬草観察会が楽しくて仕方がなくなっていた。
翌年春には、すっかり先輩顔をして薬草観察ハイキングの先頭に立っていた。首からカメラをぶら下げて、良さそうな薬用植物を見つけると、まず自分が写真を撮ってから、1年生に採集の指示をするのである。これを数年させてもらった結果、私はすっかり植物好きになった。後から気づいたことであったが、この方法は、座学とフィールドワークが融合して、学生に大きな興味を持たせる最高の教育であった(もっとも、学生だからと言うことで、植物採集に目をつぶってくれた富山の地主さんや環境保護関係の方々にも感謝せねばなるまい)。
そして、薬方を考えるときはその構成生薬を、生薬を考えるときはそれらが生えている風景を想像するようになった。そうなってみると、無味乾燥な漢字の羅列である処方集が、生き生きした薬用植物の集団に思えてくるのである。私にとって学生時代に赭鞭会で学んだ最大の収穫は、薬草観察会を通して植物好きになったこと、と言っても過言ではない。
さて、現在漢方薬を使っている諸先生方にも、是非、薬草観察ハイキングに出かけられることをお勧めしたい。野山に足を運び、生きている植物にふれていただきたい。一度でもそれを体験すれば、私が書いてきたことが大げさでなく実感できると思う。
野山のハイキングはなかなか難しいと思われる先生は、薬草園見学でも良い。薬草園に植えてある植物は、いわば檻の中のライオンの様なものだが、それでも生の薬用植物をじかに目にし、さわることが出来れば、漢方製剤解説書の中のカタカナで書かれた生薬名が、実は生きた植物から採れた物であることが実感できるはずだ。
最後に、薬草園の先生方にも一つお願いしたい。それは、貴重な薬用植物が観察出来るだけでなく、自然の中に植物が生えている観察コースを整備・併設していただきたいと言うことである。
観察コースを目をこらして散策すると、その土地に自生している植物がみつかるようになっているとうれしい。10分〜20分の短いコースでかまわないし、珍しい薬用植物でなくても良い。わたしが、学生時代に体験したような、小さな驚き・ときめきが体験できたら最高の教育現場になると思う。
笠原 裕司 (かさはら・ゆうじ)
1991年 富山医科薬科大学 医学部 卒業
1992年   富山医科薬科大学附属病院 和漢診療部 医員(研修医)
1993年   熊谷総合病院 内科
1995年   清水厚生病院 内科
1997年   富山医科薬科大学附属病院 和漢診療部 医員
2004年   羽生総合病院 和漢診療科 部長
2005年   千葉大学大学院医学研究院 先端和漢診療学講座 助手
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