漢方薬との出会い、そして想い
    徳島文理大学薬学部 准教授/庄子 昇

15年前の1995年は日本中を震撼させる2つの事件,阪神大震災と地下鉄サリン事件が起こった年である。その年に私は漢方薬の勉強を始めた。薬学教育に新たに医療薬学が導入された頃で,いわば学部長の業務命令であった。
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生薬学が専門で成分を研究していた私の周りには様々な生薬があったが,漢方薬には全く関心がなかった。無視していたというのではなく,意識することがなかったのである。今思い起こしてみると,研究室で漢方薬が話題になったことは一度もなかったような気がする。
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とうぜん漢方薬についての知識は皆無だった。この時代に学生に教えるほどの価値が漢方薬にあるかどうかも分からなかった。いずれにせよ勉強してみないと何とも言えないと思ったが,どのようにして勉強したらよいのかも全く分からなかった。たまたま漢方特別講座(日本漢方協会主催)の記事を見て受講することにした。
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受講して間もない頃,呉茱萸湯が有効な頭痛のタイプの説明を聞いた私は,妻の頭痛とそっくりではないかと思った。物心ついた時分から頭痛持ちであり毎月1,2度は寝込んだ。漢方薬が本当に効くのか見てみようと,しばらく服用してもらった。何と呉茱萸湯を飲んでから,頭痛で寝込むことは全くなくなってしまったのである。私は漢方薬の威力を実感した。
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漢方薬には証という独特の使用目標があり,それが有効性を大きく左右する。しかし厳密な随証治療でなく,病名漢方+αくらいでも十分効果を発揮することを私はしばしば経験している。2,3日シャックリが止まらず困り果てていた70代の男性が半夏瀉心湯で即座に治った。その人が8年後に腰が痛いと言って来られた。腰が45度ほど曲がっている。仰向けに寝ることができず,寝返りを打つたびにいったん起き上がらなければならない。整形外科を受診したがX線写真を示されて治らないと説明された。それでも疎経活血湯で2週間もしないうちに仰向けに寝られたと感謝された。
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漢方薬を勉強した時に最も戸惑ったのは用語である。用語が難解であり曖昧である。漢方といっても日本漢方と中医学に大別され,日本漢方もいくつかの流派がある。それぞれ使う用語が微妙に異なることがある。そんな事情を知ってからはあまり深く考えないようにした。伝統的に日本漢方は理屈・理論よりもいかにして患者を治すかという実用性を重んじてきたのである。
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最近薬学生のための漢方薬の教科書が次々と出版されている。しかし残念ながら,相変わらず生薬中心の無味乾燥とした内容である。臨床の現場で,西洋医学的治療が及ばないところで漢方薬が役立っていることを記述していない。漢方薬の存在価値を示していない。そのような教科書で学生は漢方薬を意欲的に学ぶだろうか。薬学生のための教科書は,漢方薬を処方される患者が目の前に浮かぶような内容であってほしいものである。
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庄子 昇  
1970年3月 東北大学医学部薬学科(現・薬学部)卒業
1975年3月   東北大学薬学研究科博士課程修了
1976年3月   徳島文理大学薬学部講師
1976年6月
〜1978年5月
  米国ハワイ大学に留学
1977年4月   徳島文理大学薬学部助教授
2007年4月   徳島文理大学薬学部准教授(名称変更に伴う)
研究分野
スペース 以前は植物や海洋動物に含有される生理活性成分の構造研究
現在は漢方薬の適正使用
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漢方歴
スペース 1995年4月~ 漢方特別講座(講師団長・山田光胤)受講
1996年11月~1997年3月 麻生飯塚病院薬剤部漢方調剤室で研修、
三潴忠道先生に師事
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著書
スペース 化学系薬学 Ⅲ.自然が生み出す薬物 東京化学同人 分筆
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